ふたりのロック
ふたりの男が一人の女をめぐって争っている。
名前は同じロックという。
一人は二十歳前、肌はすべすべサラサラの髪。
瞳は涼しく腕についた筋肉からは若い獣の香りがする。
性欲も充分で、一晩に何度も何度も
求めてくる。もうやめてっていうほど甘く激しく求めてくる。
そして、その後にはあどけない笑顔と愛の言葉を与えてくれる。
だが金はない。世間はヒモとかツバメと呼ぶ。
もう一人は70歳に手が届くシブいといえばシブいが、肌の張りと髪の量では
若い方に圧倒的なひけをとっている。
しかし彼には経験から培われた技術がある。
自分の満足より先に女をとろけるような陶酔へ導く術を知っている。
求めるだけの若い方に比べ、深く暖かな抱擁力をもっている。
体力的な不安はあるものの、やすらぎと安心だけは与えてくれる。
財力はそこそこ。世間はボランティアとか金づると呼ぶ。
ふたりは同じクセを持つ。
話始めるときにいつも人差し指で小鼻の横をコリコリ掻くのだ。
便宜上、若い方を「ロクでなし」年取った方を「もうロク」と呼んでおこう。
「手を引いていただきたい。」もうロクが言い放つ。
「消えてくれないか。」ロクでなしが応酬する。
「キミに彼女の何がわかるというのだね。私はあの人がいかに純粋で傷つきやすいか
知っているのだ。キミのような若造が彼女を幸福にできるはずがない。」
もうロックの言葉は自信に満ち、深く静かだが、その勝手な思いこみは岩より硬い。
「あんたのようなジジイに彼女のほんとの美しさはわかりっこないんだ。
あの人の一番キレイな表情は僕しか知らない。あんたには彼女を満足させられない。」
ロクでなしの態度は傲慢さに満ち、熱く怖いもの知らずで、
その勘違いぶりは岩のようにデコボコだ。
ふたりはにらみ合い、掴み合い、殴り合う。
女はそれを黙って眺めている。
腕を組み、ときおり髪をかきあげ、深い深いため息をつく。
「帯に短し、たすきに長しって、このことなのよね」
女は二人のどちらかを選ぶことができない。
ふたりのロックが何者なのかよくわかっている。
どちらも必要であり、どちらにもいらないのだ。
彼女は次第に眠くなる。ふたりのロックが争う声が遠くの世界に感じられる。
ふたりが闘っていることと自分とは無関係だとさえ思えてくる。
結局彼らにとっては、「私」という人間そのものより、
ねらった獲物をどちらが手に入れるかが重要なのであり、
「私」のことなど実はなにもわかっていない。
女はずっと以前からそのように感じ続けていた。
ふたりのロックは同じ「男」にすぎなくて、ロクでなしの50年後がもうロクであり
もうロクの50年前はロクでなしなのだ。
女は自分が勝者のトロフィーになることを無意識に拒んでいた。
トロフィーは一時的に棚に飾られ、やがて埃をかぶり、輝きは失われる。
やがて女はその場に横たわり眠りにつく。
目が覚めると女は二人に分裂していた。
一人は初潮前の少女、もう一人は更年期を過ぎた初老の女。
女はまとまった一人の人間であり続けることをやめてしまった。
どのくらい時間が経過したのだろう、ふたりのロックはボロボロになり、
血を流し、傷だらけになって共に倒れている。
少女はもうロクにかけよった。初老の女はロクでなしを抱きすくめた。
もはや奪い合う獲物は失われ、ふたりのロックにはただ癒しだけが与えられた。
story by LULUCA
★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆
小学生の頃から現在に至るまで、手塚治虫の「バンパイア」を
なんどもなんども読み返してきました。
その中の登場人物であるロックはとても魅力のある悪役です。
獣と人間を行き来できる「バンパイア」は私の座右の書であります。
私がボーダーレスなものの考え方や、ボーダーレス的な存在に
惹かれるのはそのせいだと思います。
↓
「このブログいいねー!」と思っていただけましたら
愛のワンクリックをお願いいたします!
人気blogランキングへ
にほんブログ村 小説ブログ ショートショートへ
にほんブログ村 音楽ブログ 作詞・作曲・編曲へ