携帯電話
いつからだろう。私のケータイにこびとが住むようになったのは。
朝、電源を入れると
「おっはよ〜今日もキレイだね!」
と話しかけてきて、夜電源を切ると
「パンパカパ〜ン、じゃあおやすみ!」
と挨拶される。それはまあカワイイのだけど、
困るのは届いたメールを勝手に呼んだり、
電話の会話を盗み聞きして口を挟むことだった。
ついさっきスポンサーからかかってきた電話のときはこんな風だった。
「はい。LULUCAです」
「あ、?例の打ち合わせですが明日の8時半で大丈夫ですか?」
「は、はい。8時半ですね。」
<大丈夫なわけねえだろ〜起きられねえってんだよ!>
「は?なんか言いました?」
「い、いえ、なんでもありません。だ、大丈夫です。
じゃあ10分前に3Fのロビーですね。」
<サクっと手短かにしてくれよ。
ギャラ値切んじゃねえぞ、タコ。>
「え?またなんか言いました?」
「え、あら、テレビの音かしら…。へ、へんですねえ。
じゃあ明日、よろしくお願いします。」
この前なんか親戚の叔母からのメールに
<あなたとはもう終わりにしたいんです>
と勝手に返信されてえらいめにあった。
迷惑メールがくれば
<じゃあ、ツルツルくんと一発やらせくれまっか?>
とわけのわからないメールを返し、
PTA役員からの連絡には
<あたしさぁ、今朝はアンニュイで気が進まないの…。>
と甘えた声で勝手に欠席の返事をしてしまう。
使えねえじゃんか。こんな電話!!
だが、怒りに震える私の心の奥底では、
こびとを密かに受け入れていた。こびとは私だけにはいつも優しかったし、
私がケータイを開くのをいつも待っていた。
すべてのやっかいごとが降りかからないようにこびとなりに
私をガードしてくれているのだ。
ただ、そのガードがさらなるやっかいをもたらすことがほとんどだったが。
こびとはいつも私のそばにいて、
「ちゃんとした社会人」という毛皮の内側に隠しているホントの気持ちを知っていた。
奴のおせっかいな無断返信は、実は当たらずとも遠からずだったのだ。
アラームはいつもバッハの着うたで、
その日が気持ちよく目覚められるようにこびとが勝手に選曲していた。
着信音には今の気分に一番合った私好みの音楽が流れた。
写真を撮れば<うふふふ>と楽しげに笑い、
ゲームをすると気分良く勝てるようにと次の手へ導いた。
いつしかこびとは、なくてはならない存在になった。
こびとが男なのか女なのかはわからなかった。
その声は変幻自在で、性格的にも判断がつかなかった。
両性具有で状況によって性別も年齢も使い分けているようだった。
こびとのおかげで私は他人にノーが言えるようになった。
すべての人にいい顔をしなくてもいいのだということがわかってきた。
今まで言えなかった本心で求めていいるものをはっきり欲しいと
言えるようにもなってきた。
それでも世の中は大して変わらないし、そのことで
特別に自分がキラわれるわけではないんだ
ということを私に実感させてくれた。
ものごとをうまくやるには、変化球もありなんだ
とこびとは教えてくれた。
そしてこびとは、今日もケータイを開けば
<わ〜い!やったー。待ってたよ〜>
と歓声をあげた。
けれど終わりはやってくるんだね。
ある日ジーンズのポケットにいれたまま洗濯機でガラガラ回してしまったのだ。
気がついた時は乾燥機の中でガツンガツンに頭をぶつけていた。
ケータイは完全に死んでいた。
もちろんこびとはもう何も言わなかった。
そこにいる気配すらなかった。
すべてのデーターは吹っ飛び、過去の記憶はゼロになった。
それは、ほんとに突然の出来事だったんだ。
あらゆることをを自分からリセットする時期がきたんだ…。
私は涙ぐむ頭でそう理解した。
STORY BY LULUCA
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私の携帯電話はかれこれ5代目です。
でも、4代目の子が今も忘れられません。
4代目がそばいにいる時、なんだかいつも幸せな気分でした。
だから、今の子にちょっと冷たく当たってしまいます。
不都合があるといつも4代目のことを思ってしまうんです。
スペックとか、使い勝手とか、そういうことだけじゃないんです。
量販店なんかに行くと、いつも4代目の子の面影を探してしまいます。
6代目を向かえる時はたぶん、i-phoneに目がくらむんだろうなぁと思いつつ
昔のように愛せなかったらどうしよう…。
と立ち止まってしまいそうな自分がいます。
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